宋書とは|成立・構成と史料として読む注意点(宋書倭国伝・倭の五王)

宋書(沈約編)の成立・構成を押さえ、倭の五王記事(倭国伝)の読み方と注意点、論点の場所を整理します。

宋書そうじょは、中国・南朝宋(420〜479)の歴史をまとめた正史で、沈約しんやくが編纂した紀伝体の史料です。
日本史の文脈では、夷蛮伝に見える「倭の五王(讃・珍・済・興・武)」の記事がよく参照され、5世紀の対外関係を考える入口になります。

この記事では、宋書がどんな書物で、どの範囲を「本文から言える事実」として扱いやすいか、読み方の線引きを整理します。
あわせて、倭関連記事の置き場所(どの巻のどのあたりか)を示します。

邪馬台国研究での注意点として、邪馬台国(3世紀)と同じ時代の記録ではないため、年代の距離を前提に使い分ける必要があります。

この記事で分かること
  • 宋書の成立・編者・対象時代と、「何を記すための書物か」
  • 構成(本紀・志・列伝)と、本文/注/版本差を読むときの基本姿勢
  • 邪馬台国研究で宋書が参照される場面(主に倭の五王)
目次

宋書とは

宋書は、中国の南朝宋(劉宋)の約60年間を扱う正史で、同時代に近い記録や文書を多く含む点が特徴です。
ただし、当サイトが扱う邪馬台国(3世紀)そのものを直接記す史料ではありません。

宋書は「邪馬台国の時代から少し後の倭」を描く史料として、前後の正史とあわせて読むことで、連続性と断絶の“どこが論点になりやすいか”を見取りやすくなります。

基本データ

本文を史料として使うときは、「宋書が扱う時代(5世紀)」「書物の区分(本紀/列伝など)」「本文と注・引用の層」を切り分けて考えるのが基本になります。

成立・編者
著者沈約
成立年488年頃成立、502年(梁朝成立後)定稿

宋書は、沈約が南朝斉の勅命により編纂した正史で、紀伝体(本紀・志・列伝)という形式をとります。
対象時代は南朝宋(420〜479)です。

沈約は441~513年の、南朝宋・斉・梁の3朝に仕えた歴史家。
竟陵八友(きょうりょうはちゆう)と呼ばれる、中国・六朝時代の斉の8人の文人グループに数えられるなど文筆に関する能力は高かったようです。

構成(巻立て)

本紀10巻・列伝60巻・志30巻の計100巻

倭の記述は主に列伝側(夷蛮伝/東夷)に置かれ、対外関係や叙任(中国側の官号付与)を軸に記事が組み立てられています。
特に、列伝第57・夷蛮(夷蠻)で中国周辺の国について記述された内容に関する倭の記述が重要です。

倭に関する部分は、一般的に”宋書倭国伝”と呼ばれています。

現存形態

通行本(広く流通するテキスト)では、後世の補訂・欠落補いの可能性が指摘される部分もあるため、どの版に依っているか、どこまでが本文の叙述かを確認しながら扱う必要があります。

1782年成立の『四庫全書総目提要』によれば一部は早くに散逸しているなど、後年に補間されている部分もあるため、現在の宋書が原文通りかどうかは不明です。

與今本卷數符合。或唐以前。其表早佚。
(…中略…)
蓋宋初已闕此一卷。後人雜取高氏小史及南史以補之。

『四庫全書総目提要』宋書一百巻

邪馬台国研究で参照される理由

宋書が参照されやすいのは、5世紀の倭王たちが中国王朝(南朝宋)に朝貢し、叙任(官号)を求めた経緯がまとまっているためです。
邪馬台国そのものの位置比定を直接決める材料というより、「中国側の史料が、倭をどういう単位(倭国王)として扱い、朝鮮半島諸国との関係をどんな言い回しで記したか」を確認するための補助線として使われることが多いです。

代表的に確認される短文は、次のような箇所です。
倭国の王について、中国・朝鮮側からの視点で書かれています。

讚死 弟珍立 遣使貢獻 自稱使持節 都督倭百濟新羅任那秦韓慕韓六國諸軍事 安東大將軍 倭國王

『宋書』卷97 列傳第57 夷蛮 東夷

邪馬台国(女王)期ではなく、倭王(五王)期の叙述である点が、読みの前提になります。

史料として読むときの注意点

邪馬台国(3世紀)と宋書(5世紀)は同時代ではない

宋書は南朝宋(5世紀)を対象とするため、邪馬台国が登場する3世紀の状況を、そのまま直接説明する史料ではありません。
その代わりに、「中国側の正史が“倭国王”をどう位置づけ、どんな官号を与え、どんな語彙で周辺諸国(百済・新羅など)と並べて記すか」という“枠”を確認できます。
邪馬台国の議論に持ち込むときは、年代の距離を前提に、用途を「補助線」に限定しておくと整理が崩れにくいです。

「叙任(官号)」は中国側の制度表現であること

宋書の倭関連記事は、朝貢の事実とともに、官号(将軍号・都督号など)が列挙される形で語られます。
ここで書かれている官号は、中国王朝の官制・序列の言葉であり、倭国内部の官職体系や支配の実態をそのまま写したものではありません。
本文から言えるのは、「宋(中国側)が、倭王に対してどのような肩書きを付与したか」「倭側がそれをどう自称し、どの範囲を掲げたか」という“外交文書的な記録”である、という点です。

宋書は本紀・志・列伝という区分を持ち、同じ対外記事でも、置かれている場所によって性格が変わります。
夷蛮伝(東夷)に置かれた倭記事は、周辺諸国を整理する枠の中で、朝貢・叙任・上表文などを材料に叙述されることが多いです。
そのため、官号と同様に本文の地理表現や制度語が「記録のための定型」になりやすい点を意識して読みます。

欠落・補訂の可能性と、通行本の前提

正史は一枚岩ではなく、伝本の欠落や後世の補訂を経て現代に伝わる場合があります。
宋書についても、欠落が補われた可能性が指摘される部分があり、記事単位での慎重さが必要です。

関連史料との関係

主軸:5世紀の対外関係(倭の五王)を読むための中心史料

宋書の倭関連記事は、いわゆる「倭の五王」をめぐる対外関係をまとまった形で確認できる点で、5世紀の検討における主軸になりやすい史料です。
ただし、ここで言えるのは「宋(中国側)がそう記した」「倭王がそう称した(と記される)」というレベルまでであり、それ以上の具体像(国内の統治構造や実勢力の範囲など)は、本文だけで断定できません。

補助:前後の正史と、日本側史料で“連続する語彙”を確かめる

宋書を単独で読むより、前後の正史における倭記事(漢書後漢書三国志など)と並べて読むことで、語彙や書き方の連続性(たとえば「倭国王」という立て方、周辺諸国の配置、定型句の使い方)を落ち着いて確認しやすくなります。

読み分けポイント:宋書は「後段の補助線」

宋書は邪馬台国の時代を直接記しませんので、邪馬台国の位置比定を宋書だけで押し切る読み方は避けたほうが安全です。
一方で、倭王の称号や外交の言い回しがまとまっているため、3世紀史料(魏志倭人伝など)を読むときに、「後の時代にどういう枠で記されるようになったか」を確認する補助線として有効です。
つまり、宋書は“結論を作る材料”というより、“結論がどこで揺れやすいかを可視化する材料”として置くと扱いやすくなります。

論点マップ

倭の五王の官号列挙(都督・将軍号など)をどう受け止めるか

中国側の制度語としての叙任を、本文の層を分けて読む必要があります。

「六国/七国」など周辺国の並べ方(百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓)

どこまでが実態の反映で、どこからが定型表現かが分岐点になります。

地理表現(海の向こうとしての倭)と距離感の扱い

位置や距離の議論に直結させる前に、表現の型と前後史料との距離を確認します。

本文叙述/上表文/注中引用の層を混ぜないこと

同じ記事でも、誰の文章か(叙述か、上表文か)で読みの前提が変わります。

伝本・欠落・補訂の可能性を踏まえた本文確認

伝本の前提(どのテキストに依るか)を明示して読むのが安全です。

FAQ

宋書倭国伝は「邪馬台国」の史料ですか?

宋書は南朝宋(5世紀)を対象にした正史で、邪馬台国(3世紀)の同時代記録ではありません。
邪馬台国の直接証拠というより、後の時代の倭の記述(倭の五王)を確認し、前後史料の使い分けを整理するための補助線として扱うのが安全です。

宋書のどこに倭の記事がありますか?

代表的には『宋書』卷97の列伝(夷蛮伝/東夷)に、倭国と倭王の朝貢・叙任に関する記事があります。

参考文献・出典

全國漢籍データベース
Wikipedia
维基文库
Wikisource
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