翰苑とは|成立・構成と史料として読む注意点(倭国条を読むために)

翰苑巻第卅(蕃夷部)の倭国条は魏略などを引くとされる。引用の層と字形の揺れに注意し、検証の入口を案内。

翰苑かんえんは唐代に編まれた「類書」(抜き書き型の百科事典)です。
邪馬台国研究では、巻第卅(蕃夷部)の「倭国」条が、魏志・後漢書・魏略などの文言をまとめて伝えるため参照されます。

この記事では、翰苑の成立・現存形態(翰苑巻第卅)と、本文/注/注中引用の“層”を混ぜない読み方を整理します。
結論を急がず「どの史料の、どの経路で残った言葉か」を確認する—これが翰苑を使うときの基本線です。

この記事で分かること
  • 翰苑の成立・編者・現存形態(どんな本で、何が残っているか)
  • 「本文/注/引用」の層を分けて読むときの注意点(字形・版本差も含む)
  • 邪馬台国研究で参照される箇所(倭国条)の“入口”と、論点の置き場所
目次

翰苑とは

翰苑は、唐代に張楚金が撰し、雍公叡が注を付したとされる類書です。
現存する「翰苑巻第卅」は全30巻のうち巻30(蕃夷部)にあたり、三韓・倭国など“蕃夷諸国”の条を収めます。
太宰府天満宮に伝わる写本(抄本)として残り、国宝に指定されています。

太宰府天満宮
太宰府天満宮

「翰苑を読む」とは、翰苑が集めた“引用の束”を読むことでもあります。
だからこそ、引用元(魏略・後漢書など)と、翰苑自身の編集(抜粋・配列・字形統一)を、最初から切り分けて扱うのが安全です。

特徴として、原文は文字数が少なく、他の書物を引用した注釈が細かく記載されている点が挙げられます。
特にこの注釈が貴重で、同じく散佚している『魏略』を多く引用していることから、魏略の内容を知る貴重な史料にもなっています。

基本データ

成立・編者
著者張楚金(撰)、雍公叡(注)
成立年顕慶5年(660年)に稿を成したとされる(諸説あり)
構成(巻立て)

全30巻とされるが、中国では早く散逸したと伝えられる

現存形態

太宰府天満宮所蔵「翰苑巻第卅」=巻30(蕃夷部)1巻の抄本(平安時代初期の写とされる)

邪馬台国研究で参照される理由

翰苑巻第卅は「倭国」条を含み、倭(古代日本)に関する記述をまとめて伝えます。
とくに本文中には、これまで知られていなかった「魏略」の文章が随所に引用される、と紹介されることがあり、魏志倭人伝の周辺情報を点検する補助線として参照されます。

代表的には、倭国条の中に卑弥呼・台与(臺與)に触れる一節が置かれ、字形の揺れ(例:妖/娥、羣/群、眾/衆など)も論点になります。

卑彌妖惑翻叶羣情臺與幼齒方諧眾望

『翰苑』巻第卅 蕃夷部「倭国」条

史料として読むときの注意点

「類書」なので、原史料の“抜き書き”として読む前提を置く

翰苑は出来事を現場で記録した一次史料というより、先行文献から必要部分を抜き出し、項目ごとに並べた編集物です。
そのため、文脈の省略や、引用の前後が切れることが起こりやすく、短文だけで結論を固定すると混線しがちです。

本文/注/注中引用(さらに別史料)の“層”を混ぜない

「張楚金が書いた本文」なのか、「雍公叡の注」なのか、さらに「注の中で引かれた別史料(魏略・後漢書など)」なのかで、根拠の距離が変わります。
翰苑では引用が重層化しやすいので、まず“どの層の言葉か”を押さえ、それから内容を読む順番にすると安全です。

引用元ラベル(○○曰)が、一次の所在をそのまま保証するとは限らない

「魏略曰」「後漢書曰」などのラベルは手がかりになりますが、写本・影印・翻刻の過程で、字形の統一や句読の差が生じます。
検証したいときは、可能な限り「翰苑巻第卅の該当箇所」へ戻り、ラベルと本文のつながり(どこまでが引用か)を確認するのが基本です。

字形の揺れ(妖/娥など)を“誤差”として扱わず、論点として控える

倭国条に見える卑弥呼(卑彌呼)・台与(臺與)周辺は、伝本によって字形が揺れることがあります。
字が違うからといって直ちに別情報と断定せず、「異文がある」こと自体をメモし、他史料(魏志・後漢書など)へ戻って照合する“入口”として扱うのが無難です。

「巻第卅(蕃夷部)」の範囲=翰苑全体ではない

現存する翰苑は巻第卅の1巻(抄本)であり、翰苑全体の構成・引用方針を、この1巻だけで語り切るのは難しい面があります。
したがって「翰苑はこういう本だ」と一般化するよりも、まずは“倭国条を読むためのルール”として線引きを作り、必要に応じて外部の概説や影印情報で補強するのが現実的です。

関連史料との関係

主軸

邪馬台国研究で骨格(行程・外交・制度)を立てる主軸は、基本的に正史系の倭人伝(例:『三国志』魏志倭人伝、『後漢書』東夷伝など)に置きます。
翰苑はそれらを参照・抜粋している可能性が高く、単独で主軸を置き換えるタイプの史料ではありません。

補助

一方で翰苑巻第卅は、倭国条の形で情報がまとめられているため、「どの史料の語句が、どんな形で伝わったか」を点検するのに向きます。
とくに魏略逸文(引用でしか残らない断片)の入口としては重要で、主軸の周辺を検算する“補助線”として置くと混線しにくくなります。

論点マップ

翰苑は「編集物」——引用の文脈欠落と抜粋の前提

抜き書き・配列の編集が入るため、短文だけで結論を固定しないのが論点です。

「層」問題(本文/注/注中引用)をどう記録するか

どの層の言葉かで根拠の距離が変わります。
特に「魏略曰~」に関しては、魏略が散逸しているため原文確認が難しいため、内容の精査が必要です。

字形・異文(妖/娥、羣/群、眾/衆など)をどこで管理するか

異文は“誤差”ではなく、照合の入口になります。

「巻第卅のみ現存」という制約をどう扱うか

現存範囲の狭さが、一般化の限界になります。

倭国条の情報源(魏志/後漢書/魏略など)をどう分解して読むか

同じ段落に複数史料が並ぶため、出典ラベルと本文の対応が論点です。

FAQ

翰苑は一次史料ですか?

一次史料というより、先行文献を抜き出して整理した「類書」として扱うのが一般的です。
邪馬台国研究では“主軸”ではなく、引用経路や異文確認の補助線として置くと安全です。

翰苑(巻第卅)の原文はどこで読めますか?

太宰府天満宮所蔵写本の影印・紹介や、翻刻(テキスト化)された資料があります。
まずは「巻第卅 蕃夷部 倭国条」の原文に戻れる形で確認し、引用元ラベル(○○曰)と本文のつながりを見てください。

魏志倭人伝や後漢書と字が違うとき、どちらを信じればいいですか?

違いを“勝敗”で決めるより、まず「どの史料の、どの層の言葉か」を分けて記録するのが先です。
翰苑は編集物なので、主軸(正史側)へ戻って照合し、異文として控えるのが基本になります。

参考文献・出典

太宰府市公式ホームページ
  • ページ名:市内の指定文化財 書跡「翰苑巻第卅(国宝)」
  • URL:https://www.city.dazaifu.lg.jp/site/bunkazai/12026.html
  • 用途:巻第卅(蕃夷部)1巻の抄本であること/顕慶5(660)年・張楚金撰/雍公叡注/平安初期の写の説明
  • 閲覧日:2026-02-17(JST)
福岡市文化財情報データベース
国指定文化財等データベース(文化庁)
維基文庫(Wikisource)
Wikipedia
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