三国志(魏志倭人伝)とは|成立・構成・注の層と史料として読む注意点

三国志(魏志倭人伝)の成立・構成を整理し、本文と裴松之注の層を分けて読むコツと論点の所在を解説。

三国志さんごくしは、西晋の陳寿がまとめた三国時代の「正史」で、倭や卑弥呼・邪馬台国が記される「魏志倭人伝」の母体でもあります。

この記事では、成立・構成(どの巻に何が入るか)と、現代の通行形で混ざりやすい「本文/注(裴松之注)/注中引用」の層を押さえ、史料としての線引きを作れるように整理します。

注意点をひとつだけ先に言うと、本文と注を混ぜた瞬間に「年代」と「根拠の所在」が崩れやすいので、読む前に層を分けるのが安全です。

この記事で分かること
  • 三国志がどんな本か(成立・編者・対象時代・性格)
  • 通行本で混ざりやすい「本文/注/注中引用」の分け方
  • 邪馬台国研究で参照される「論点の場所」
目次

三国志(魏志倭人伝)とは

魏志倭人伝の倭に関する原文
魏志倭人伝の倭に関する原文

三国志は、三国時代(魏・呉・蜀)を紀伝体でまとめた「正史」であり、日本史に関しては「魏書 巻30 東夷伝 倭人条(=魏志倭人伝)」が最重要の参照箇所になります。

主に古代の倭と邪馬台国の研究に活用される史料ですが、他の史料との齟齬などもあって一概に内容を信頼できるものではありません。

基本データ

成立・編者
著者陳寿
成立年不明(一般的には280~297年とされる)

陳寿は蜀漢と西晋に仕えた官僚である点に注意が必要です。

355年に編纂された中国の歴史書『華陽国志』の陳寿伝の内容から、呉国が晋国に降伏した280年以降の成立が有力です。
ただし、陳寿は297年没と言われていますが、諸説あります。
よって『魏志倭人伝』は、一般的に280~297年の成立と考えられています。

呉平後、寿乃鳩合三国史、著魏・呉・蜀三書六十五篇、号『三国志』

『華陽国志』巻11 後賢志陳寿伝
構成(巻立て)

魏書・呉書・蜀書の三部からなり、全体は65巻です。
※資料により「巻/卷」「魏書・呉書・蜀書/魏志・呉志・蜀志」などで揺れます

当時の中国は魏・呉・蜀の三国に分かれていました。
『三国志』はそれぞれの国について『魏志』『呉志』『蜀志』と独立して編纂されています。

『三国志』における倭の位置付け
『三国志』における倭の位置付け

魏国のことを記述した『魏志』全30巻の最終巻「烏丸鮮卑東夷伝」には、中国の東方に住んでいる諸民族の情報が記載されています。
その諸民族の中に倭人傳という章があり、そこに倭人とその国についての記述があります。

この倭人傳の部分を、一般に「魏志倭人伝」と呼んでいます。

「烏丸鮮卑東夷伝」の読み方

一般的には ”うがんせんとういでん” または ”うがんせんとういでん” と読みます。

現存形態

現在通行している本

現代の読者が接する三国志は
(1)陳寿の本文
(2)後世の注(特に裴松之注)
(3)さらに後代の校注・校勘情報
が同じ画面・同じページに並ぶ形が多いです。

原本・版本

あまりに古い時代の本なので、原本は見つかっていません。
原本を書写した版本はいくつか見つかっているものの、どれも細部の内容が異なっており、どれを最善本として扱うかは議論の余地があります。
また、後年に複数の史料で魏志倭人伝が引用されていますが、引用部分の内容も版本と異なっているものがあります。

版本の中で特に重要なものは、紹興本しょうこうぼん紹煕本しょうきぼんの2点です。

紹興本

紹興年間(1131~1162年)に作成。

現存する最古の版本と言われます。
ほぼ完全体ですが、存在すると言われている陳寿の序文(自序)だけ見つかっていません。

紹煕本

紹煕年間(1190~1194年)に作成。

本自体は内容が一部欠落しているものの、倭に関する部分は欠落がありません。
一般的には紹熙本が最善本とされます。

邪馬台国研究で参照される理由

三国志の中でも、邪馬台国研究で直接参照されるのは「魏書 巻30 烏丸鮮卑東夷伝 倭人条」(日本での通称:魏志倭人伝)です。
ここには、帯方郡から倭へ至る道里、諸国名、女王国(卑弥呼)や狗奴国、そして「邪馬壹國(邪馬台国)」への行程記事がまとまって出てきます。

史料として読むときの注意点

典型的に読みが割れやすいポイント(語義・制度・地名比定の“型”)

魏志倭人伝は、短い文に「地名」「道里」「官名」「制度語」が密集しており、語の取り方ひとつで意味の射程が変わります。
たとえば行程記事は、“行った記録”である一方で“整理された書きぶり”でもあり、語義(例:水行・陸行・里数)と制度語(官名・戸数表現)の読みが、そのまま地名比定や政治像の話に直結しがちです。

まずは「本文が言っている範囲(記述の存在)」と「解釈が入る範囲(語の意味幅・換算・比定)」を分けてメモするのが安全です。

版本差・校勘・字形方針(どこで揺れるか)

三国志は、多くの場合Web上のテキストDB・現代の校注本・翻刻のいずれかで確認します。
このとき、字形(邪馬壹國/邪馬臺国/邪馬台国、倭/委など)や句読点、注の混在の仕方が媒体ごとに違い、同じ段でも“見え方”が揺れます。

議論を始める前に、最低限「どのDB(あるいはどの版・どの校注)で本文を確認したか」「表記は読みやすさのためにどう統一したか」「注を本文から切り離したか」を固定しておくと、後で読み直しても根拠が追えます。

記事内では読みやすさのために「邪馬台国」と表記し、引用では原文表記(例:邪馬壹國)を尊重して混同しないよう併記する、などの工夫が必要です。

邪馬台国研究での“主軸/補助線”の置き方(この史料をどの距離で使うか)

邪馬台国の議論は、つい「結論(どこか)」へ吸い寄せられますが、三国志が強いのは“結論”よりも“論点を立てる材料の所在”です。

主軸として扱うべきなのは、倭人条の本文(陳寿の叙述)で、ここから外れるほど「後代の注」「別史料の引用」「解説者の整理」が混ざりやすくなります。
一方で、注(特に裴松之注)は、本文の背後にある別伝・異同を教えてくれる反面、本文と同じ年代の根拠として扱うとズレます。

まず本文で“言えることの上限”を作り、注は「別の材料がある場所」「食い違いが出る場所」として参照する、という距離感が崩れにくい読み方です。

里程・行程・地名は“直ちに地図化しない”

三国志は、行程(海を渡る・千里・万二千余里等)や地名(島名・国名・官名)に触れることがあり、地図に落としたくなります。
ただし、数値は概数表現である場合や、引用の段階で欠落している場合もあり、単発の数字だけで確定的に描くと破綻します。

関連史料との関係

主軸

邪馬台国をめぐる議論でまず軸に置きたいのは、やはり『三国志』のうち「魏書 巻30 東夷伝 倭人条(いわゆる魏志倭人伝)」です。
女王国・卑弥呼・諸国名・行程記事など、後の論点の“材料がまとまって現れる場所”が比較的はっきりしているため、本文(陳寿の叙述)でどこまで言えるかを最初に確かめる起点になります。

同じく主軸として並走させやすいのが『魏略』です。
『三国志』本文だけでは見えにくい周辺情報や、別の系統の伝聞が“存在する場所”を確認する補助線になりやすく、本文と同年代の情報かどうか、どの層の記述かを意識する訓練にもなります。

当サイトでは概説ページとして「魏略とは|成立・構成と史料として読む注意点」が作成済みですので、先に「史料の性格(どの距離で使うべきか)」を押さえたい場合はそちらから入るのが安全です。

また、原文に直接あたりたい場合は「〖魏略〗原文・現代語訳・解説(史料DB)」が作成済みですので、引用の根拠を示す際の入口として使えます。

一方で、『後漢書』や『晋書』のような後代正史は、邪馬台国そのものの“直接根拠”というより、記述が後世にどう整理・再構成されたかを確認するための主軸になります。
三国志(近い層)と後代正史(距離のある層)を並べて「同じ主題が、どの時点でどう語り直されるか」を確かめる読み方として扱うべきでしょう。

補助

補助として役立つのは、まず『漢書』のように時代がさかのぼる史料です。
魏志倭人伝が突然現れるわけではなく、その前段階で「倭(倭人)」がどのように言及されるか、語の置き方や文脈を確認しておくと、後世の固定観念に引っ張られにくくなります。
当サイトでは「漢書とは|成立・構成・注の層と史料として読む注意点」が作成済みですので、用語や“史料の距離感”を整える補助線として参照できます。

次に『論衡』は、歴史書とは性格が異なり、論説・批評の文脈で事柄が語られる点が重要です。
邪馬台国の位置比定のような結論に直結させるためというより、「その文が史実を述べているのか、論の都合で引かれているのか」を見分ける練習として効果があります。
当サイトの作成済みページ「論衡とは|成立・構成と史料として読む注意点」は、史料の“使い方の線引き”を作る目的で参照しやすい入口です。

さらに『山海經』のような地理・異境譚・知識の集積が混ざる書物は、邪馬台国の直接根拠として扱うよりも、語や地理観の“表現の型”を知る材料として位置づけるほうが安全です。
記述が事実報告の体裁をとっていても、史料の性格が異なるため、三国志本文と同じ土俵に並べてしまうと根拠の強弱が崩れやすい点に注意が必要です。
当サイトでは「山海經とは|成立・構成と史料として読む注意点」が作成済みですので、補助線として距離を保った参照の仕方を前提に読めます。

論点マップ

倭人条(魏志倭人伝)の「本文」でどこまで言えるか

行程・戸数・官名は強い材料ですが、語義や換算で解釈が入りやすいところです。
まず本文の“上限”を決めるのが出発点になります。

「本文/注(裴松之注)/注中引用」をどう分けるか

現代の通行形は注が併載されやすく、層を混ぜると年代と根拠が崩れる原因になります。

表記ゆれ(邪馬壹國・邪馬臺国・邪馬台国、倭/委など)をどう扱うか

媒体・版本・校訂で字形が揺れるため、表記方針を固定してから議論する必要があります。

版本差(紹興本・紹煕本など)と、どのテキストで確認したか

同じ段でも“見え方”が変わるので、確認に使った版・DBを明記しなければなりません。

行程記事(水行十日・陸行一月等)の「読みの分岐点」はどこか

分岐点は結論ではなく“場所”として押さえる(語義・単位・区切り・写し方)べきです。

倭人条の位置づけ(東夷伝の中で、何と並べて語られているか)

倭だけで読まず、同じ巻の周辺記事と並べると、書きぶりの癖が見えやすいはずです。
倭国以外の三国志の内容も読んでおくと良いでしょう。

FAQ

三国志と『三国志演義』は同じものですか?

別物です。三国志(陳寿)は歴史書(正史)で、『三国志演義』は後代の歴史小説です。
邪馬台国研究で根拠として扱うのは、基本的に歴史書の三国志(特に魏書の倭人条)です。

魏志倭人伝は、三国志のどこにありますか?

一般に「魏書 巻30 烏丸鮮卑東夷伝 倭人条」を指して魏志倭人伝と呼びます。
本文確認は外部の全文DBでも位置情報つきで確認できます(参考文献・出典に記載)。

「邪馬壹國/邪馬臺国/邪馬台国」どれが正しい表記ですか?

原文・版本・校訂で字形が揺れるため、「どのテキストに従っているか」で答えが変わります。
当サイトでは読みやすさのため「邪馬台国」を用い、引用では原文表記を尊重して併記します。

参考文献・出典

国立国会図書館デジタルコレクション
書陵部所蔵資料目録・画像公開システム
Chinese Text Project
  • ページ名:三國志: 魏書三十(烏丸鮮卑東夷傳)
  • URL:https://ctext.org/sanguozhi/30
  • 用途:巻・伝の位置確認/原文確認(倭人条周辺)
  • 閲覧日:2026-01-05(JST)
  • ページ名:三國志: 魏書三十: 烏丸鮮卑東夷傳(個別ノード)
  • URL:https://ctext.org/text.pl?if=en&node=603321
  • 用途:本文表示の補助(節単位の参照)
  • 閲覧日:2026-01-05(JST)
Project Gutenberg
  • ページ名:三國志 by 陳壽(電子テキスト)
  • URL:https://www.gutenberg.org/ebooks/25606
  • 用途:本文確認(閲覧しやすいテキスト形態の一例)
  • 閲覧日:2026-01-05(JST)
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