山海經とは|成立・構成と史料として読む注意点

山海經の成立・構成と注の層を押さえ、倭関連記事を読むコツを示す。

山海経せんがいきょうは、古代中国の地理・地誌のかたちを取りつつ、神話・怪異・異国情報も大量に含む独特の書物です。
邪馬台国研究では、本文中に「倭」に触れる記述があるため、語の用例や周辺地域の配置を確認する“材料”として参照されます。
ただし、成立の層(いつ、だれが、どんな目的でまとめたか)と、現存テキストの注釈(だれの注か)を混ぜると、結論が簡単にブレます。

この記事で分かること
  • 山海経の基本データ(成立の見取り図/構成/通行本・注の層/性格)
  • 「倭」関連の参照ポイントと、邪馬台国研究での“使いどころ”
  • 史料として読むときに、断定を避けるための注意点(線引きの作り方)
目次

山海經とは

山海経は「地理を記す本」という外形を持ちながら、記述対象が山川・物産・風俗にとどまらず、神や怪物、伝説的人物にも及びます。
いわゆる正史(紀伝体史書)と同じ感覚で“史実の記録”として読み始めると、読みの前提がずれやすい史料です。
したがって、邪馬台国研究で参照する場合も、“歴史の本筋”を立てる主材料というより、用語・地望・周縁認識を点検する補助線として使われることが多い、という距離感が安全です。

この記事内の表記方針
書名は「山海経/山海經」を状況に応じて併記し、原文引用は参照先DBの字形を優先します(字形を直した場合はその旨を注記します)。

基本データ

成立・編者
著者不明
成立年不明

単独の著者が一度に編んだというより、段階的に形成されたと見る研究があります。
概ね春秋戦国〜前漢にかけて段階的形成とする見方があるものの、定説とまでは言い切れない状態です。

紀元前90年頃に成立したと言われる『史記』に山海經のことが記載されていることから、紀元前100年頃には既に成立していたと思われます。

太史公曰(…中略…)山海經 所有怪物 余不敢言之也

『史記』巻第123
構成(巻立て)

現行本は全18巻(十八編)。
いわゆる「五蔵山経」+「海外四経」「海内四経」「大荒四経」「海内経」などのまとまりで読まれることが一般的です。

史料としての性格

神話的要素を含む地理・博物(動植物・産物)記述の集成しています。
連続した歴史叙述ではないため、同時代の行政地理書のように読まない方が安全です。

現存形態(通行本)と注の層

郭璞(晋)の注が「最古の注」として位置づけられ、後世の注釈・校訂も多数あります。
本文・注・校注が混ざって表示されるサイトもあるので、閲覧時は表示モード(本文のみ/注つき)を意識してください。

邪馬台国研究で参照される理由

山海経は、いわゆる「倭人伝」系の本命史料とは違い、邪馬台国の行程や外交記事を直接に語る本ではありません。
それでも参照される理由は、本文中に「倭」という語が現れ、周辺地域(燕・朝鮮など)との位置関係のような形で書かれている箇所があるためです。

代表的に引かれる短文の例として、海内東経に次の記述があります。

蓋國在鉅燕南倭北倭屬燕

『山海經』卷第12 海經 海內北經

この一文だけで、直ちに「倭=どこ」「燕との関係=何を意味する」と結論を固定するのは危険です。
ただ、「倭」という呼称が、どの文脈・どの地理枠で置かれているかを確認する入口にはなります。

山海經は「邪馬台国の所在地を直接書く史料」ではありません。
「邪馬台国以前の倭人・倭国を知るための史料」として扱うべきものです。
倭を含む周縁世界の配置語(例:倭屬燕)や、東方世界観(湯谷・扶桑など)が後代の言説で参照されやすく、議論の“材料”として活用と良いでしょう。

史料として読むときの注意点

本文・注(注釈)・引用の「層」を混ぜない

山海経は、本文そのものだけでも性格が掴みにくい史料ですが、そこに注釈が重なることで、さらに読みが複雑になります。
現存の通行本は注付きで読まれることが多く、本文の理解に注が役立つ一方で、注の説明や別伝承が、いつの間にか「本文が言っていること」にすり替わる危険があります。
まずは「本文に書いてある範囲」と「注が補っている範囲」を分けて読み、結論を出す場面では、どの層に根拠があるのかを言い直せる状態にしておくのが安全です。

ジャンル(地理書/神話地誌)が“史実扱いの距離”を決める

山海経は、正史のように年次や政治過程を追って記録するタイプの史料ではありません。
地理・物産・異聞が並び、神話的要素や怪異譚も多く含むため、記述の目的を「歴史記録」と決め打ちしないほうが、誤読を避けられます。
邪馬台国研究で使う場合も、「外交記事の直接根拠」ではなく、語の用例や周辺認識の一断面として、距離を置いて扱うのが基本線になります。

地名・方位・所属関係は“比定の前提”が揺れやすい

「倭屬燕」のような所属表現や、方位関係の書き方は、読む側がつい政治史の枠(朝貢・支配・属国など)で解釈したくなるポイントです。
ただ、山海経の文脈では、政治的支配関係を厳密に述べた文章とは限らず、地誌的な整理の言い回しとして置かれている可能性もあります。

テキスト条件(版本・校勘・字形方針)で結論が変わり得る

山海経は古典籍としての伝来の中で、文字の異同や注釈の差が論点になりやすい部類です。
特に短い語句を根拠に議論を組む場合、字形の揺れや異文の有無が、そのまま論点になります。

関連史料との関係

主軸

邪馬台国研究での主軸は、基本的に正史・列伝類(いわゆる倭人伝系)です。
山海経は、そこへ直接代替できるタイプではなく、用例確認や周辺認識の補助線として位置づけるのが無難です。

補助

山海経は、地誌・異聞という性格上、「地名や異国情報をどう並べるか」という観点の比較に使われます。
たとえば、同じ語が別史料でどう使われるか、同時代〜後代にどんな説明が付くか、という確認に向きます。
ただし補助線としての有効性は、結局「どの層の記述(本文/注)を根拠にするか」で変わるため、先に線引きを作ってから参照するのが前提です。

論点マップ

「倭」記述の所在(北経/東経の揺れ)

同じ短文が、底本(配列)によって「海内北経」または「海内東経」に置かれることがあります。
引用するときは、どの版・DBに基づくかを必ず固定します。

「蓋国」「鉅燕」の実体(固有名詞か、別称か)

「蓋国」「鉅燕」が地名・国名としてどの程度確定できるかは、本文だけでは線引きが必要です。
まずは語の出方と周辺の並び(地誌的列挙)を確認します。

「倭北」「倭属燕」の読み(方位関係か、政治関係か)

方位配置の説明として読むのか、属国・支配の含意まで読むのかで理解が割れます。
結論を急がず、山海経のジャンル(地誌+異聞)に合わせて距離を取ります。

本文と注(郭璞注・後代校注)の分離

山海経は注の層が厚く、注の説明や引用が本文に混ざりやすい史料です。
本文の根拠と、注が補う情報を分けて扱わないと議論が崩れます。

短文を「いつの情報」とみなすか(成立層・材料層の問題)

山海経は一時点の記録というより材料の集積である可能性が高く、記述対象時期の推定が難しい史料です。
史実認定は主軸史料側で補い、この史料単独で固定しません。

よくある質問(FAQ)

山海経は「邪馬台国の史料」と言えますか?

主材料(主軸)というより、補助線としての位置づけが無難です。
「倭」の語が見える点は重要ですが、短文で情報量が少なく、本文/注の層も絡みやすいからです。

「倭属燕」は、倭が燕に服属していたという意味ですか?

そう断定はできません。
「屬」の用法や、地理枠(どの範囲をどう配列しているか)によって読みが分岐します。
まずは本文確認と、底本・校注の統一が先です。

参考文献・出典

Chinese Text Project
維基文庫
早稲田大学 古典籍総合データベース
立命館大学(PDF)
國學院大學(PDF)
  • ページ名:『山海経』佚文考
  • URL:https://doi.org/10.57529/00000205
  • 用途:校訂・伝本に関する注意点の補助
  • 閲覧日:2025-12-27(JST)
富山大学(Web)
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