晋書は、晋(西晋・東晋)の歴史をまとめた正史で、列伝中の「四夷伝」に倭人の記事を含むため、邪馬台国研究でも参照されます。
倭に関する記述は、巻九十七「列伝第六十七 四夷伝(東夷)倭人」の短い条文にまとまっており、「漢末の倭人乱」や卑弥呼の名が見えるのが入口になりやすい箇所です。
この記事では、晋書の成立・編者・構成を押さえたうえで、倭人条が“どこに置かれ、どんな性格で語られているか”を整理します。
あわせて、読みが割れやすいポイントは「結論」ではなく、どの文言が分岐点になるか(論点の場所)として先に示します。
注意点を一つだけ先出しします。
晋書は対象時代(晋)と成立時期(唐)の距離があるため、本文を“同時代の実況”として扱わないのが安全です。
- 晋書の成立・編者・対象時代と、「正史」としての性格
- 構成(帝紀・志・列伝・載記)と、倭人条が置かれている巻の位置
- 邪馬台国研究で参照される場面と、論点が分岐する「場所」の見取り図
晋書とは
晋書は、房玄齢らが唐の勅命で編纂した、晋(西晋・東晋)を対象とする紀伝体の正史です。
邪馬台国(3世紀)の“結論”を直接くれる史料というより、倭に関する叙述が「後代にどう整理されたか」を確認する補助線として参照されやすいタイプの史料です。
基本データ
- 成立・編者
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著者 房玄齢(総監)、他数名で編纂 成立年 648年(貞観22年) 房玄齢は578~648年の唐の歴史家です。
唐の第2代皇帝である李世民は、房玄齢を総監として未編纂の史書を作ることを命じました。
そこで『北斉書』『梁書』『陳書』『隋書』『周書』『晋書』が一斉に編纂されています。一斉編纂とは言っても、史料成立順と歴史の流れは一致しません。
265~420年の晋国のことを書いた『晋書』は646~648年に編纂されています。
581~618年の隋国のことを書いた『隋書』は636年から編纂開始しています。 - 構成(巻立て)
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130巻(帝紀10・志20・列伝70・載記30)
晋書は、皇帝の治世を追う帝紀、制度・天文などを扱う志、人物・周縁諸国を収める列伝、そして五胡十六国の諸政権をまとめた載記から成ります。
このうち倭人条は、列伝の中でも「四夷伝」という“周縁世界”をまとめる枠に置かれます。
つまり、倭に関する記述は「晋の内部史」ではなく、「晋(=中国王朝)から見た周縁の整理」の一部として配置されている、というのが第一の前提になります。 - 現存形態
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現代の読者が触れる晋書は、印刷版・データベース・影印など媒体が多く、字形・句読・注記の出方も揺れます。
引用や要約で扱うときは、(A)どの版面・底本に依ったか、(B)本文と後代の補訂・注の層が混ざっていないか、の二点をメモしておくと、後で根拠が追いやすくなります。
邪馬台国研究で参照される理由
晋書の倭人条はやや長文で、「倭の統治が男子から女子へ移った」という趣旨の叙述や、卑弥呼の名が現れるため、邪馬台国研究の周辺史料として触れられます。
ただし、卑弥呼の時代(3世紀)を“晋の同時代記録”として書いたものではないため、主材料というより、主軸史料を読むときの照明(後代整理のされ方)として使われることが多い、という距離感を押さえておくのが無難です。
漢末 倭人亂 攻伐不定 乃立女子爲王 名曰卑彌呼
『晋書』卷97 列傳第67 四夷傳
史料として読むときの注意点
- 成立時期と対象時代の距離を先に置く
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晋書は晋代そのものの同時代史料ではなく、唐代に国家事業として編まれた正史です。
さらに、邪馬台国の時代からもかなり離れています。
そのため、倭人条に書かれた内容を「当時の実況」として直結させるよりも、「後代の編纂者が何を拾い、どう整理したか」という層を意識して扱う方が安全です。 - 「四夷伝」という編集枠が、叙述の角度を決める
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倭人条は、列伝の中でも四夷伝(東夷)に置かれます。
ここでは周縁諸国が、晋(中国王朝)側の秩序・分類の中で語られやすい。
したがって、用語の選び方(国号・官号・地理の言い回し)や、何が省略され何が強調されるかは、この枠の影響を受けます。
読むときは「何を説明するための条文か」を先に確認しておくと、過読を避けられます。 - 短文ゆえに「一文の負荷」が重い
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晋書の倭人条は比較的長文ではあります。
ただしそれでも、魏志倭人伝より短い分、「漢末の倭人乱」「女子を王に立てた」「卑弥呼」など、少数の文言に論点が集中します。
短文は便利ですが、便利な箇所ほど“前提(どの史料群を元にした整理か)”が省略されがちです。
断定に寄せる前に、該当文言を主軸史料(とくに三国志)に戻して位置づけるのが基本動作になります。 - 版本・字形の揺れは「結論」ではなく「注記」に押し込む
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字形や句読の違いは、結論を動かす材料になることもありますが、まずは「どの版でそうなっているか」を注記として分離しておくのが先です。
本文の議論に混ぜると、いつの間にか“史料本文の主張”と“現代側の整形判断”が混線します。運用としては、本文は本文、揺れは揺れでメモを分けるのがおすすめです。
関連史料との関係
主軸:三国志(魏志倭人伝)で骨格を取り、晋書は「後代整理」を見る
卑弥呼や邪馬台国に直結する叙述の骨格は、まず三国志(魏志倭人伝)側で押さえるのが主軸になります。
晋書の倭人条は、それを置き換える主史料というより、「後代の正史が、倭に関する要点をどう要約して配置したか」を確認するための補助線として置くのが扱いやすいです。
補助:後漢書・宋書と並べると「前後の時代差」を見失いにくい
倭に関する叙述は、後漢書(後漢期の枠)→三国志(3世紀)→宋書(5世紀)と、参照されやすい“定番の並び”があります。
晋書はこの間に位置するタイトルですが、倭人条自体は短文で、むしろ「3世紀記事の後代整理」を見る役回りが強い。前後の正史と一緒に置くことで、どの情報がどの時代を語っているのか、混線を防ぎやすくなります。
読み分けのポイント:「同時代の厚み」か「後代の整理」かで役割が変わる
同時代に近い厚み(使った材料の気配)を取りたいなら三国志側へ寄せる。
一方で、後代の正史が“倭の要点”をどこに置き、どんな語彙でまとめ直したかを見たいなら晋書が効きます。
晋書は「証拠を増やす」というより、「叙述の置き方(分類と要約)」を見る史料として使う、これが安全な整理です。
論点マップ
- 「漢末の倭人乱」
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年代感と射程(どこまでを“乱”と呼ぶか)が解釈の分岐点になりやすい。
- 「男子→女子を王に立てた」
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制度説明なのか、出来事の記述なのかで読みが割れやすい。
- 卑弥呼の位置づけ
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倭人条の中で何を説明するために名前が置かれているか(要約の軸)が論点になる。
- 四夷伝という枠
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倭がどんな単位(人・国・王)として整理されているかは、条文全体の読み方を左右する。
- 短文の省略
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省略された前提(参照材料・背景説明)をどこまで補ってよいかが運用上の分岐点になる。
FAQ
参考文献・出典
- 維基文庫
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- ページ名:晉書/卷097
- URL:https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8/%E5%8D%B7097
- 用途:本文(原文)の所在確認
- 閲覧日:2026-01-31(JST)
- ページ名:晉書
- URL:https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8
- 用途:成立・構成(概説)
- 閲覧日:2026-01-31(JST)
- Wikipedia
-
- ページ名:晋書
- URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%8B%E6%9B%B8
- 用途:成立・構成(概説)
- 閲覧日:2026-01-31(JST)
- Chinese Text Project / ctextwiki
-
- ページ名:晋書
- URL:https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=615914
- 用途:成立・構成(概説)
- 閲覧日:2026-01-31(JST)
- 専修大学図書館OPAC
-
- ページ名:『晋書』(中華書局・1974)所蔵情報
- URL:https://opac.lib.senshu-u.ac.jp/iwjs0008opc/catdbl.do?hidden_return_link=true&pkey=BB00126254
- 用途:通行本・版本情報(参考)
- 閲覧日:2026-01-31(JST)




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