2026年4月
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道程・所在地論
魏志倭人伝の「短里」と「長里」とは?邪馬台国までの距離(里数)換算が引き起こす最大の矛盾
魏志倭人伝に記された邪馬台国までの里数をどう換算するか。当時の中国の標準である「長里(約435m)」を使うと日本列島を遥かに通り越してしまいます。実距離にピタリと合う「短里(約80m)」説はなぜ生まれたのか。距離換算の矛盾と代替解釈を史料に基づいて検証します。 -
史料・版本論
漢委奴国王印(金印)
中国王朝は周辺諸国に印綬を授けて臣下と認めていました。その印綬の一つである金印が福岡県で見つかっています。漢委奴国王印(金印)について解説します。 -
比定論
【畿内説】卑弥呼=神功皇后説とは?日本書紀の編纂者(舎人親王)が仕掛けた年代トリックと桜井市説
「卑弥呼=神功皇后」だったのか?日本書紀の編纂責任者である舎人親王は、神功皇后の年紀に魏志倭人伝の朝貢記録を引用し、両者が同一人物であることを強烈に示唆しています。意図的な年代操作の痕跡や、神功皇后の宮(磐余若桜宮)から導かれる「邪馬台国=奈良県桜井市説」の根拠と課題を史料ベースで検証します。 -
文化・風俗
倭人の入れ墨のルーツ?古代中国「蛟竜(こうりゅう)の害」と、顔に墨を入れた本当の理由
なぜ古代人は顔や体に入れ墨(文身)をしたのでしょうか?夏王朝の王族が文身断髪した理由として語られる「蛟竜の害」。龍の子供のフリをするという驚きのカモフラージュ戦略から、魏志倭人伝に記された倭人の入れ墨文化のルーツを史料ベースで考察します。 -
文化・風俗
倭人の入れ墨文化(黥面文身)とは?古代史料の比較から読み解く顔に墨を入れた理由
古代中国の多数の史料(魏志倭人伝・後漢書・職貢図・北史など)は、倭人が顔や体に入れ墨(黥面文身)を施す文化があったと伝えています。各史料の細かな表記の違いを比較し、魔除け(蛟竜の害)や身分表示、太伯の末裔というアイデンティティなど、倭人が入れ墨をした理由を考察します。
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