たった一文字の罠。ギリシャ考古学の大発見から魏志倭人伝の「写本問題(紹興本・紹煕本)」を考える

魏志倭人伝の研究において避けて通れない「紹興本」と「紹煕本」という写本の違い。どちらの記述が正しいのか?古代ギリシャのアルテミス神殿発見における「一文字の誤写」の劇的なエピソードを交え、古い文献を読み解く際の罠と史料批判の重要性を考察します。

邪馬台国の謎を解き明かす上で、避けて通れないのが「どの史料(写本)を信じるか」という問題です。
『魏志倭人伝』が収められた三国志には、大きく分けて「紹興本(しょうこうぼん)」「紹煕本(しょうきぼん)」という2つの重要な写本系統があり、両者にはわずかながら異なる記述が存在します。

この「写本の違い」がいかに歴史の解釈を狂わせるか。
遠く離れた古代ギリシャの考古学における「劇的な大発見」のエピソードを参考に、歴史文献学の罠とロマンについて考察してみましょう。

【この記事のポイント】
  • 一文字の誤写が歴史を狂わせる
    ギリシャ考古学において、文字の読み間違いによって遺跡の想定場所が10kmもずれてしまった有名な実話がある。
  • 魏志倭人伝の2大写本
    南宋時代に作られた「紹興本」と「紹煕本」には、「對海國」と「對馬國」のように、一文字違うだけで解釈が変わる箇所が存在する。
  • 古い写本=正しいとは限らない
    最も古い写本が常に正確とは限らず、写本の伝播過程を推理し、考古学的な事実と照らし合わせる「史料批判」が不可欠である。
目次

ギリシャ考古学が教える「一文字の罠」

東アジアの史書の話をする前に、歴史的文献の解釈ミスがどれほど大きな影響を与えるかを示す、ギリシャ考古学の痛快な実話1をご紹介します。

ギリシャのエウボイア島に存在したとされる、巨大な「アルテミス・アマリュンシア神殿」2
古代ローマ時代の地理学者・ストラボンの書物には、この神殿が「エレトリアの街から7(ζ=ゼータ)スタディオンの距離にある」と記されていました。
1スタディオンは約180m前後であるため、考古学者たちは100年以上にわたり、街から約1.3kmの範囲を必死に発掘し続けました。
しかし、神殿の欠片すら見つかりません。

そこで、あるスイスの考古学者(デニス・クネプフラー氏)が画期的な推理を行いました。
「中世の写本作成者が、元の文字を書き間違えたのではないか?」

古代のギリシャ数字において、「7」を表す【ζ(ゼータ)】と、「60」を表す【ξ(クシー)】は、手書き文字(小文字)にすると形が極めて似ていたのです。
「7」ではなく「60」スタディオンだとすれば、距離は約10km以上も離れることになります。
その推理をもとに10km離れたアマルュントス(アマリントス)という村を発掘した結果、見事に巨大な神殿の基壇が発見されたのです。

このエピソードは、「手書きの写本が繰り返される過程で生じた『たった一文字の形の見間違い』が、遺跡の場所を根底から狂わせてしまう」という歴史学の恐ろしさを物語っています。

この話の間違いは以下の通り!
ζ(ゼータ):7スタディオン(約1.25キロメートル)
ξ(クシー):60スタディオン(11キロメートル弱)

魏志倭人伝における紹興本と紹煕本

翻って、魏志倭人伝(三国志)の世界を見てみましょう。
陳寿が3世紀末に原文を書いてから、現在私たちが目にする最古級の印刷本ができるまでには、実に800年以上もの時が流れており、その間は数え切れないほどの「手書きの写し」が繰り返されてきました。

現在、基準とされる主な写本系統は以下の2つです。

1. 紹興本(しょうこうぼん)

南宋の紹興年間(1131~1162年)に刊行された版本です。
日本の国立国会図書館のデジタルコレクション等でも公開されており、現存する最古級のまとまった三国志のテキストとして極めて重要な資料です。

2. 紹煕本(しょうきぼん)

南宋の紹煕年間(1190~1194年)に刊行された別系統の版本です。
宮内庁書陵部に貴重な写本(宋版)が保管されており、文字の正確さにおいては東アジアでも最高水準の質を持つ「最善本」と評価されることも多いテキストです。

記述の食い違い(具体例)

この2つの写本には、ギリシャの「ζ」と「ξ」のように、わずかながら記述の違い(一文字の罠)が潜んでいます。

最も顕著な例が、倭国の最初の寄港地である対馬の表記です。

  • 紹興本:對
  • 紹煕本:對

また、邪馬台国の道程における最大の論争の一つである、会稽の東の記述も写本や史書によって揺れています。

  • (サンズイ):会稽東治(上海周辺)
  • (ニスイ):会稽東冶(福州周辺)

さらに、伊都国の戸数についても、『魏志倭人伝』は「千余戸」と記しますが、別史料の『魏略』の逸文を引く『翰苑』では「万余戸」となっています。
これも、草書体で書かれた「万」の上の部分が掠れて「千」に見えてしまった誤写であるとする説が有力です。

どの版本を信頼すべきか(結論)

ギリシャ考古学の神殿発見の経験から私たちが学べる教訓は、「現存する最も古い写本系統(あるいは記述)が、必ずしも最も正確であるとは限らない」ということです。

より新しい写本であっても、後代の学者が別の古い史料と照らし合わせて慎重に字句を修正(校勘)している場合があり、結果的にそちらの方が陳寿の原文に近い可能性も十分にあります。
一方で、明らかな誤字に見えるものが、実は古代の生の発音(当て字)を忠実に残した痕跡であるケースも存在します。

結論として、邪馬台国論争において「こちらの版本にこう書いてあるから絶対だ」と一つのテキストに盲目的に依拠することは非常に危険です。
複数の写本系統を比較検討(史料批判)し、さらにはギリシャの神殿発見のように「実際の地形や考古学的な出土品(物理的証拠)」と照らし合わせて、総合的に推理していくプロセスこそが、古代史研究における最大の醍醐味なのです。

テキストクリティークという研究手法

テキストクリティークとは、複数の写本や版を比較し、どの語句や表現が原文に最も近いかを検討する研究手法です。
歴史文献における誤記や書き換え、伝承過程での変化を明らかにすることで、信頼性の高い本文を再構築することを目的としています。
紹興本・紹煕本のように異なる伝本が存在する場合、この手法は極めて有効であり、文献の中でどの表現が意図されたものであったのかを科学的に探る重要な手がかりとなります。

参考文献・注釈

  1. https://www.swissinfo.ch/jpn/sci-tech/%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b7%e3%83%a3%e8%80%83%e5%8f%a4%e5%ad%a6_%e5%a5%b3%e7%a5%9e%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%83%86%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%81%ae%e8%ac%8e%e8%a7%a3%e6%98%8e-%e3%82%b9%e3%82%a4%e3%82%b9%e4%ba%ba%e3%81%8c%e8%b2%a2%e7%8c%ae/45489898 ↩︎
  2. アルテミス・アマリュンシア神殿の発掘(エウボイア島):スイス考古学研究所による調査。地理学者ストラボン(紀元前64年頃 – 紀元後24年頃)の記述における、スタディオン(stadion)のギリシャ数字ゼータ(ζ=7)とクシー(ξ=60)の誤写問題に基づく大発見。 ↩︎

史料書誌

書名著者/編者成立年代
『三国志』魏書巻30烏丸鮮卑東夷伝倭人条
(紹興本・紹煕本)
陳寿280〜297年頃

デジタルアーカイブ

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