『三国史記(さんごくしき)』は、高麗の金富軾(きんふしょく)が1145年に完成させた現存する最古の朝鮮史書です。
邪馬台国研究において最大の注目を集めるのは、新羅本紀に記された「倭女王卑彌乎遣使來聘(倭の女王卑弥呼、使を遣わして来聘す)」という一文です。
卑弥呼の名を明記した朝鮮側の唯一の記録ですが、『魏志倭人伝』の年代と約60年ものズレがあるため、その信憑性をめぐって激しい議論が交わされています。
- 朝鮮半島から見た「卑弥呼」
新羅の歴史記録の中に、卑弥呼が使者を送ってきたという記録がはっきりと残されている。 - 謎の「60年の年代差」
三国史記では卑弥呼の遣使が「173年」とされているが、これは魏志倭人伝の「238年」と合わず、大きな矛盾を抱えている。 - 高い「造作(フィクション)」の可能性
現代の研究では、12世紀の編纂者が中国の歴史書を読んで「卑弥呼」の名前を知り、自国の歴史を箔付けするために適当な年代に書き加えたのではないかと強く疑われている。
三国史記とは
三国史記は、朝鮮半島の三国時代(高句麗・百済・新羅)から統一新羅末期までを記述した、現存する最古の朝鮮史書です。
本紀28巻・年表3巻・雑志9巻・列伝10巻の計50巻で構成されており、本紀は三国に分かれて記述されています。
邪馬台国や卑弥呼の時代(3世紀前後)の倭については、新羅本紀(しらぎほんき / しるらほんき)にのみ記述があります。

史料データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 著者 | 金富軾(きんふしょく) |
| 成立年 | 1145年(高麗・仁宗23年)。1143年執筆開始 |
| 分類 | 朝鮮正史・紀伝体・断代史 |
| 対象期間 | 紀元前57年(新羅建国)〜935年(新羅滅亡) |
| 底本 | ウィキソース(zh.wikisource.org)など |
| 倭の記述箇所 | 新羅本紀第2(阿達羅尼師今〜訖解尼師今)に主要記事 |
著者と信憑性(矛盾の多さ)
著者の金富軾(1075〜1151年)は高麗時代の高官であり、中国の史書(正史)を参照しつつ、現在は失われた朝鮮の古記録も用いて三国史記を編纂しました。
現存最古の朝鮮史書という点で価値はありますが、総合的な信憑性は低いと評価されることが多い史料です。
特に初期の記録は伝説的要素が強く、中国史書と年代・内容が合わない部分が多数確認されています。
また内部での矛盾も多く、例えば百済本紀では「温祚王16年に牛谷城で反乱が起きた」とあるのに、数十年後の「多婁王56年に牛谷城を築城させた」と記すなど、年代の整合性が取れていない箇所が散見されます。
邪馬台国研究における位置づけと「最大の謎」
三国史記の新羅本紀における最重要記述は、第8代国王・阿達羅尼師今の時代の記述です。
二十年 夏五月 倭女王卑彌乎 遣使來聘
『新羅本紀』第2 阿達羅尼師今
(二十年 夏五月、倭の女王卑弥呼、使を遣わして来聘す)
「倭女王」「卑彌乎」という表記が魏志倭人伝の「卑弥呼」と同一人物を指すならば、卑弥呼が中国(魏)だけでなく朝鮮半島の新羅へも使節を送っていたことになり、倭国の外交範囲の広さを示す大発見となります。
年代の矛盾と「造作説」
しかし、最大のハードルとなるのが「年代のズレ」です。
| 史書 | 卑弥呼の遣使記録の年代 | 備考 |
|---|---|---|
| 三国史記 | 173年(阿達羅尼師今二十年) | 新羅への遣使 |
| 魏志倭人伝 | 238年または239年(景初二年/三年) | 魏への遣使 |
この約60年の差をどう解釈するかについて、様々な議論があります。
「干支が1巡(60年)ずれて記録された」とする十干十二支60年ずれ説などが提唱されていますが(詳細は三国史記の年代論争とは?参照)、現在最も有力視されているのは以下の「中国史書からの借用・造作説」です。

編纂者の金富軾(あるいは元になった古記録の作者)は、中国の歴史書を読んで「倭国に卑弥呼という女王がいた」という知識を持っていました。
そこで、自国(新羅)の歴史の権威を高めるために、「あの有名な卑弥呼も我が国に使者を送ってきていた」という話を創作して書き加えた可能性が高いとされています。
173年という年は、後漢書が記す「桓・霊の間、倭国大乱」の末期にあたるため、中国史書の知識をもとに適当な年代に当てはめたと推測されています。
よくある質問(FAQ)
まとめ
『三国史記』は高麗の金富軾が1145年に完成させた現存最古の朝鮮史書で、新羅本紀などに古代の朝鮮半島と倭国の関係を記しています。
邪馬台国研究では「倭女王卑彌乎遣使來聘(173年)」という記録が最も注目されますが、魏志倭人伝の年代(238年)と合わないことや、後世の編纂者による創作(造作)の可能性が高いことから、そのまま史実として扱うことは困難です。
しかし、「後世の朝鮮半島の人々が、日本の古代史(卑弥呼)をどう認識し、自国の歴史にどう取り込もうとしたか」を知る上では、非常に興味深く重要なテキストです。

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