『新唐書(しんとうしょ)』は、北宋の欧陽脩(おうようしゅう)らが1060年に完成させた唐王朝(618〜907年)の正史です。
先行して編纂された『旧唐書』では別々の国として記載されていた「倭国」と「日本国」の記述を、「日本伝」として一つの項目に統合・整理しているのが最大の特徴です。
また、日本から伝えられた詳細な「天皇の系譜(王統譜)」が中国正史として初めて記載されました。
- 「日本伝」への一本化
『旧唐書』に見られた倭と日本の混乱を整理し、「日本という国は、昔の倭奴国である」と公式に断定・統合した。 - 日本の神話・歴史の受容
「天御中主」から始まる天皇家の系譜が、中国の正史に初めて詳細に記載された。 - 編纂上の「ねじれ」に注意
唐の歴史書でありながら、後世(宋の時代)に日本から入ってきた情報を遡って書き足している部分があり、史料批判が必要となる。
新唐書とは
新唐書は、本紀10巻・志50巻・表15巻・列伝150巻の全225巻からなる唐代の正史です。
五代十国時代に編纂された『旧唐書』は急ごしらえで体裁に難があったため、北宋の仁宗の命により、文章の達人である欧陽脩や宋祁(そうき)らによって新たに編纂し直されました。
巻220 列伝第145「東夷」のなかに「日本」の項目が設けられています。

史料データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 著者 | 欧陽脩(おうようしゅう)・宋祁(そうき)ら |
| 成立年 | 1060年(北宋・嘉祐5年) |
| 分類 | 中国正史・二十四史・紀伝体・断代史 |
| 対象期間 | 唐(618〜907年) |
| 底本 | ウィキソース(zh.wikisource.org) |
| 倭の記述箇所 | 巻220 列伝第145 東夷 日本 |
旧唐書との違いと信憑性
『新唐書』は文章が洗練されており、構成も整理されていますが、「歴史的事実の生々しさ」という点では、当時の記録をそのまま切り貼りした『旧唐書』の方が一次情報としての史料価値が高いとされることが多くあります。

倭国・日本国に関する記述の違いは以下の通りです。
- 旧唐書(945年成立)
「倭国」と「日本国」を別の国(日本国は倭国の別種)として並立させて記録。唐側の混乱がそのまま残る。 - 新唐書(1060年成立)
「日本伝」として一本化。「日本は古の倭奴なり」とし、国号を変更した理由などを後世の視点から整理して記載。
新唐書は、唐当時のリアルな認識というよりも、後世(北宋)の中国人が日本の国号変更と歴史を「どのように公式に納得・整理したか」を示す史料と言えます。
邪馬台国研究における位置づけと「王統譜」の謎
新唐書は邪馬台国(3世紀)から800年以上後に編纂された史書であり、邪馬台国そのものの一次史料ではありません。
しかし、「倭国」という枠組みがどのように消滅し、「日本国」としてのアイデンティティが完成したかを追う上で、『旧唐書』と対比して読まれる重要な史料です。
新唐書には、「王の姓は阿毎氏…最初は天御中主(あめのみなかぬし)から彦瀲(ひこなぎさ)に至るまで32代…その子が神武である」という、日本の神話に基づく詳細な系譜が記されています。
この詳細な系譜は、唐の時代の遣唐使が伝えたものではありません(事実)。
唐滅亡後の984年(北宋時代)、日本の僧・奝然(ちょうねん)が宋の皇帝に献上した『王年代紀』という記録が情報源であるとするのが学界の定説です(解釈)。
つまり、『新唐書』の編纂者は、宋の時代に入ってきた日本の最新情報を、過去の「唐の歴史」に遡って挿入してしまったのです。
この編纂上の「ねじれ」を認識して読むことが、高度な史料批判に繋がります。
よくある質問(FAQ)
まとめ
『新唐書』は、北宋の欧陽脩らが1060年に完成させた唐王朝の正史です。
『旧唐書』に見られた「倭国と日本国の混同」を整理し、「日本伝」として一本化しました。
また、後代(宋代)にもたらされた情報ではありますが、日本の神話から連なる天皇の系譜を中国正史として初めて記載しており、古代日本が「倭」から「日本」へと国際的なアイデンティティを完全に切り替えた到達点を示す史料となっています。
情報の出処(いつの時代の記録か)に注意を払いながら『旧唐書』と読み比べることで、中国王朝の日本認識の変遷を立体的に理解することができます。

コメント